ユネスコの無形文化財にも指定された日本料理は、アメリカ人にとっては長い間、異国の特殊な料理だったが、今では一般に浸透。まさか、酢で湿した米飯に生の魚をのせたものを一般のアメリカ人が食べるようになるとは、誰が思っていただろう。ラーメンは、インスタントが深夜の学生の友として普及していたが、ここ数年で専門店が急増。抹茶ブームも根強く続いている。目下の注目度ナンバーワンは、丼物だ。
日本生まれ、アメリカ育ちのアメリカン和食は、常識にとらわれていない分、新しい発想があり、逆輸入できるメニューのアイデアもありそうだ。アメリカン和食の今を取材した。

寿司カウンターが薬局にも

キッコーマンが、ウィスコンシン州に醤油の製造工場を造ったのは、45年前のこと。1998年には、カリフォルニアに第2工場をオープン。今やキッコーマンは、どのスーパーの棚にも並んでいる。醤油は、アメリカ人の舌に大きな影響を与えてきた。

アメリカ国内では今、コシヒカリ米、生ワサビ、人気上昇中のユズも生産されている。魚も、築地から週に何度か空輸され、流通網も整備されているが、もちろん、メイン州のロブスターやアラスカのキングクラブなど、新鮮な海産物はアメリカ国内にも豊富にある。

以前は手に入りにくかった日本食の材料も、比較的容易に手に入り、一般のスーパーでも、アメリカ人向けに甘味を抑えた寿司酢を買うことができる。

ドラッグストアに並ぶ寿司。ランチ後でまばらに

日本料理といえば、寿司がまずアメリカ人の頭に浮かぶ。寿司は、大都市ではスーパーどころか、ドラッグストアにも寿司職人のいるカウンターがあり、寿司を握る姿が見られる。学校給食にも出され、子どもたちも寿司が大好きだ.

スーパーマーケットの寿司コーナー

アメリカの寿司は、カラフルでネタは何でもありだ。実はこの多様性が、寿司の人気につながっていった。寿司=ヘルシーと思われていることも、人気の理由の一つ。

定番は、カニとアボカド、キュウリを巻いたカリフォルニア巻きや、ソフトシェルクラブ(脱皮直後の殻も食べられるカニ)のフライ、キュウリ、レタスもしくはアボカド、スパイシーマヨネーズを巻いたスパイダー巻きなど。その他、どの店でもオリジナルのロールがある。

「ビヨンド・スシ」は2012年にオープンし、六穀米や黒米など特殊な米を使った野菜寿司で注目を集め、店舗数を5店に増やした。

注文はipadのみというハイテク寿司店「スシテリア」は、オフィス街にあり、ランチタイムは特ににぎわう。注文を前もって職場で済ませられるので、待ち時間は少なくて済む。寿司ブリトーと呼ばれる、具がたっぷりの太巻きが人気だ。

かつては海苔を使わない裏巻きの寿司が一般的だったが、アメリカ人が寿司に慣れ、黒い海苔にも抵抗感がなくなったこともあり、寿司ブリトーが登場するようになったのだ。

「スシテリア」の寿司ブリトー。紙で巻いてあるので食べやすい

リオデジャネイロの海岸で生まれた「ウマ・テマケリア」は、「アイスクリームコーン寿司」こと手巻き専門店だ。「あなたの寿司をデザインしましょう」という触れ込みで、好みのマイ寿司が注文できる。具がたっぷりで、花束のように美しい手巻きスタイル。同店では、食べやすいよう、手巻きには紙を巻いている。

「ウマ・テマケリア」の手巻き寿司

 

「ウマ・テマケリア」のマイ手巻き寿司を作る手順

また、ここ1年で、いきなりポケ(生の魚をマリネしたハワイ料理)専門店もあちこちに登場した。これも、人々の舌が寿司に慣れてきたからだろう。ちらし寿司専門の店も出現している。

ちらし専門店「チカラシ」の四川チリ鮭丼

抹茶、緑茶をトロピカルにアレンジ

「抹茶マッドネス」と名付けられた昨今の抹茶ブーム。抹茶専門店だけでなく、一般のカフェやジュースバーでも、抹茶ドリンクが見られるようになった。

大盛況の「チャチャマッチャ」は、宇治の抹茶を直輸入した抹茶ドリンク専門店。ハバナのビーチを彷彿とさせるピンクとグリーンがテーマカラーで、ヤシの木が飾られたトロピカルな店内だ。「お茶を理屈なしにただ楽しんでほしい」と、同店のオーナーの1人、マシュー・モートンは語る。

「チャチャマッチャ」の抹茶ラテ

シカゴ発のお茶のチェーン店「アーゴ・ティー」にある緑茶ドリンクは、パイナップルとマンゴーを加えたもの、イチゴとバニラを加えたものなど、ストレートに飲む日本の緑茶とはかなり違う緑茶体験ができる。市販されている瓶入り、缶入りの緑茶ドリンクもほとんどの場合、ストレートではなく、フルーツなどのフレーバー付けがしてある。

緑茶はストレートで飲むことを日常にしている日本人にとっては、抵抗があるかもしれないが、先入観を外してみると、紅茶はフレーバーを付けて飲めるのに、緑茶が飲めないはずがなく、なかなかおいしい。いつかフルーツフレーバーの緑茶が、日本でも一般的になる日が来るかもしれない。

カフェなどで出されるシンプルなグリーンティーも、最初は店によってばらつきがあったが、最近は、かすかにジャスミンの味のする上品で飲みやすいものに定着しているようだ。冷やしたものは、特に暑い季節には爽やかだ。

オリジナルのラーメンも誕生

ラーメンブームの火付け役になったといわれるのが、有名なデイヴィッド・チャンの「モモフク」。一風堂、せたが屋ラーメンなどがNYに次々とオープンし、ブームにのっとって、ラーメン店を東京で開いて成功させたアイヴァン・オーキンも逆々輸入でニューヨークに店を開いたのが2013年のこと。今もラーメン店の数は増え続けている。

食材の宅配サービス「ブルーエプロン」は、届いたパッケージで父と娘がいっしょに「東京ラーメン」を作るTVコマーシャルを放映した。インスタントでない本格的なラーメンが自宅でも作れるという触れ込みだ。これもラーメンに対する関心の表れといえるだろう。

アメリカでヒットするのはフィンガーフードが多いが、ラーメンは持ち運びができない。その課題を解消したのがケイゾー・シマモトのラーメンバーガーだ。アメリカの国民食と日本の国民食のハイブリッドは爆発的な人気を博した。

一大ブームを博したラーメンバーガー

一般のレストランでも、ラーメンをメニューに並べる店が増え、オリジナルの創作ラーメンも見かけるようになった。

「ゼン6」のスパイダー(蜘蛛) ラーメン。鶏と豚骨のスープに、脱皮直後の殻ごと食べられるカニ、ソフトシェルクラブのフライをのせている

 

「ダッサラ」のデリラーメン。鶏のスープに、セロリ、ユダヤ料理のマツォ団子、薫製肉、半熟卵をのせている。同店は現在は閉店

日常の日本食もポピュラーに

最近NYに登場したロンドン発の日本食レストランチェーン「ワガママ」は、世界に130店舗を展開しているが、丼、ラーメン、鉄板焼き(同店では焼そばのこと)、カレーなどの日常の日本食を提供している。和食ではあるが、「日本の味にインスパイアーされたアジアン料理」という触れ込みで、インテリアもモダンで、店を見る限り、どこにも和の趣はない。

NY店では、ブース席の他、はやりの大きなコミューナル・テーブルがある。和を前面に押し出すのでなく、シンプルで機能的、モダンなインテリアで間口を広くし、独自にアレンジした日本食を出すのがトレンドといっていいだろう。

同店のメニューに載っている焼そば「テリヤキステーキソバ」は、そば、うどん、ビーフンを使い、サーロインステーキ、そばをカレー風味のオイルで炒め、サヤエンドウ、チリ、モヤシなどをテリヤキソースで絡め、コリアンダーをのせたものだ。土日に提供するブランチでは、ベーコンやブルコギ風ポークなどをトッピングする朝食ラーメンや、ベーコンやチキン、椎茸などをのせたオムレツ風お好み焼きも提供している。

日本大好きフランス人、ヴィンセント・ミンチェリの経営するお好み焼き専門店「オキウエイ」でも、エッグベネディクトなどのブランチ用お好み焼きを出している。

「オキウエイ」のエッグベネディクトお好み焼き

丼はアメリカ人にとって新鮮

今のアメリカのトレンドは、ボウル。丼である。ウォールストリート・ジャーナル紙も、「Bowls arethe new plates(ボウルは新しい皿)」という記事を載せ、ボウル人気をリポートした。今までアメリカでは、ボウルとは料理を大盛りにしてサーブする器で、そこから各々が自分の皿に取り分けている。

ボウルから直に食べるという体験が、アメリカ人にとっては新鮮なのだ。しかし、ナイフを使うアメリカ人には、深いボウルは使いにくいため、日本の丼より浅めになっていることが多い。ということは、日本の丼のように重層的に積み上げるのでなく、平らに並べなければならないが、並べることによって色のパターンが美しく出るメリットもある。

また、ダイエットで炭水化物を避ける人が多いことから、丼物でもご飯の代わりに、サラダ菜やカリフラワー、キヌアなどの雑穀、ズッキーニのヌードルなどの選択肢を設けているところが多い。

味噌も全米各地のスーパーに

ルイジアナで味噌を造り始めて35年になる「グレート・イースタン・サン」社は、赤味噌、白味噌の他、ヒヨコ豆や大麦、玄米の味噌も造っている。同社によると、味噌の需要は徐々に伸びてはいたが、著しく伸び始めたのは6、7年前からという。今では「ホールフーズ」などの全米各地のスーパーに、味噌を卸している。

味噌メープルパンケーキシロップ

同社は長年、見本市で味噌の使い方を紹介しながら、地道に普及に努めてきた。例えば、味噌とバターを合わせて料理の味付けにしたり、白味噌をチョコレートチップクッキーに隠し味として使ったり、キャラメルやシロップ作りに使ったりと、味噌汁だけにとどまらない使い道を提案している。

以前、食事に招かれたお宅では、洋風のスープを作るときのように、まずはニンニクをオリーブオイルで炒めてから、味噌汁を作っていた。味噌汁にして味噌汁にあらず、意外なおいしさだった。日本の食材を自己流に使っている一般の家庭も多いことだろう。伝統にとらわれない新鮮なアイデアで、アメリカン和食はどんどん進化・発展しつつある。

◇外食レストラン新聞の2017年7月3日号の記事を転載しました。