小さな頃、夏になると茄子と胡瓜の浅漬けを欠かさず母が食卓に並べてくれたのを思い出す。外ではセミがミーンミンミンと鳴き、縁側の風鈴が涼やかな音を立て、お茶碗には炊きたてのご飯。その横で茄子の漬物が輝いて見えた。

梅雨明けからおいしくなってくる茄子

京都は、平安京がおかれた1200年前の頃には農業生産が行われてきたのだろう。そして都での需要に応えるためにそれらはより洗練され育まれてきた。長い年月の淘汰を受けて今に残る京都の伝統野菜となった。

京都でも夏の野菜というと間違いなく茄子が筆頭に挙げられるだろう。「賀茂茄子」「山科なす」「もぎ茄子」と言った伝統野菜もある。ちなみに京都における茄子の年間生産量は、9,920tで9位、ちなみに消費量は19.2本で堂々の日本一(いずれも平成26年)。

茄子の旬は一言で夏と言うけれど、やはり梅雨明けでないと美味しくなってこない。だいたい昼の気温が30℃を越えてきて、夜の気温が25℃より上がらない頃が茄子にとって良く育つコンディションなのだろう。

これより後は、暑さが厳しくなり、再び良い状態になるには初秋まで待つことになる。いわゆる「秋茄子は嫁に食わせるな」の頃なのだろう。ただ秋になり今度は気温も下がっていく中、梅雨明けの頃と比べて生育が、ゆっくりになるせいか味わいが深くなる。

「なすび」は「夏の実」が転じ「奈須比」となったと言われる。また室町時代、宮中の女官たちが「おなす」と呼んだことが広がり「なす」が一般化したと言われている。

賀茂茄子と千両茄子

おすすめは茄子の揚げ煮

茄子は何にしても美味しい。料理法を選ばないかも知れない。刻んで塩もみも良い、ぬか漬け、揚げ出し、田楽、揚げ煮、焼き茄子、煮浸し、てんぷら、鰊茄子と挙げはじめるときりがない。

その中でも「茄子の揚げ煮」はお勧め。作ってみれば意外に簡単だ。
茄子は縦に二つに切り、皮の方に包丁目を入れ170℃の油で揚げる。皮を下にして揚げると色美しく仕上がる。(賀茂茄子なら6等分に切り皮に包丁目を入れる)出汁に薄口醤油、みりん、砂糖で味付けをし、茄子を4〜5分煮る。一旦温度が下げれば出汁も十分染み込んで美味しくなる。茄子の揚げ煮は冷やしても美味しいし、温めて食べてもいい。

せっかく作るのなら、昆布と鰹節の出汁を使いたいもの。難しいものでもない、水1ℓに昆布を15g、2時間以上は漬けたい。火にかけてゆっくり温度を上げ、一煮立ちしたら昆布を取り出し鰹節を加える。3〜5分くらい置いて漉すと出来上がり。それと油は新しいものを使いたい。

また茄子は海老との相性も良いので、干しむき海老を見つけたらお試しを。干しむき海老(30〜40g)は昆布(10g)と一緒に水(1ℓ)に一晩漬ける。ゆっくり温度を上げて、沸騰したら昆布だけを取り出す。干しむき海老は茄子と一緒に煮ると良い。「茄子の揚げ煮」同じ要領で。

茄子ぬか漬け

良い茄子の選び方

茄子は紫色が特徴的だが、やはり紫がしっかりと濃く美しいものが良い。色の褪せたものは味も落ちる、「ぼけ茄子」所以だろう。

その紫は皮の色素でナスニンとよばれ、ポリフェノールの一種、アントシアニン系の色素で強い抗酸化作用があり、ガンや生活習慣病のもとになる活性酸素を抑える効果があるという。

茄子は、美味しいだけでなく健康にも良い。色の美しいものを選んで。
「ぼけ茄子には、お気をつけて。」

松尾英明(大阪府 柏屋 大阪千里山 第4回料理マスターズブロンズ賞受賞)

関西学院大学で物理学を学ぶ。料理人の父と京都・大徳寺へ通ううちに日本の文化や料理の奥深さに魅了され、京都・高源寺の池田宗弘師に師事して茶道を学ぶ。滋賀県の料亭、招福楼で3年にわたる修業を経て、1989年に実家の料理店に戻る。93年数寄屋造りの現在の店舗を開業。2011年ルレ・エ・シャトーに加盟。1963年大阪府生まれ。