世界遺産の日光東照宮や中禅寺湖など、日本の一大観光地の栃木県日光。その観光地区からさらに北上すると、木々に囲まれた静謐な地域にたどり着く。そこは、日光市土呂部(旧栗山村)。関東で最も寒い場所とされ、山と人々の暮らしが静かに共存する地域だ。

栗山地域を含む奥日光一帯は、山の里でありながらも魚の養殖が盛んだ。もともと栃木県は河川や湧水の水質の良さが知られており、日光地区も水を活かした「湯波」「水ようかん」など名産品がある。そして奥日光では冷たい水を好む虹鱒、山女魚、岩魚などマス科の魚の育成ノウハウが培われてきた。

私がしばしば訪ねる大滝さんもこの地域で40年以上養殖業を営んでおられ、ここ数年は「ヤシオマス」、とくに「プレミアムヤシオマス」の生産者として全国の名店のシェフにも知られている存在だ。

基準を満たしたものだけが「プレミアムヤシオマス」の認証

虹鱒を品種改良した「ヤシオマス」は県花「ヤシオツツジ」の花色になぞらえた美しいサーモンピンクの身色をもつ。「プレミアムヤシオマス」は従来のヤシオマスよりオレイン酸というオリーブ油にも含まれる物質を増やし、赤身に入るサシ脂の口どけの良さを高めている。オレイン酸含有量、肉色、におい、サイズ、出荷方法、防疫対策などが細かく定められた基準を満たしたものだけが「プレミアムヤシオマス」認証を受けることができる。

品質基準をクリアしたものだけがブランドとして世に出るこの仕組みは、フランスのA.O.C.(原産地統制呼称)に範をとっている。たとえばシャンパーニュと呼べるスパークリングワインはシャンパーニュ地区産のものに限定されるといった製法と土地が結びついたルールで、テロワールといった言葉で表現されることもある。テロワールは地理、土壌、気候、伝承、人など地域全体を表すフランス語で、日本の言葉でいえば風土とか土地柄というとしっくりくるだろうか。

プレミアムヤシオマス

ミ・キュイという低温調理で仕上げ

大滝さんのプレミアムヤシオマスの清流を口に含むかのような清らかな味と香りを活かしたいから、私の店ではミ・キュイという低温調理で仕上げることが多い。40度未満の温度帯でゆっくりと火を入れ、季節の野菜を取りあわせる。冬場は春菊やほうれん草など和の葉野菜と貝類の出汁を合わせたソースを合わせて。春から初夏はアスパラガスを添えるのもよい。お客様からは栃木の四季を感じられると評判も上々だ。

ヤシオマスは、大滝さんの養殖場に併設されている釣堀で釣ることもできる。池の畔には、春は蕗の薹、山菜が自生し、清水ではクレソン栽培も。釣りや散策の後には場内で奥様が営む蕎麦処へ。打ち立ての蕎麦とヤシオマスの刺身や天ぷらが味わえる。

ここ栗山地域は日光や鬼怒川温泉からのアクセスも良く、栃木の自然を満喫するにはうってつけの場所だ。ときに料理人仲間を案内すると、里山の清らかな空気に、皆、魅了されている。

大滝さんの養殖場にて

音羽和紀(栃木県 オトワレストラン 第1回料理マスターズシルバー賞受賞)

仏料理の名シェフ故アラン・シャペル氏に日本人として初めて師事。帰国後1981年、宇都宮にオーベルジュを、2007年オトワレストランを開く。10年ブロンズ賞受賞。11年とちぎ未来大使食の外交官任命。14年ルレ・エ・シャ トー加盟を認証される。15年フランスの農事功労 章シュヴァリエ、栃木県文化功労者を受章。1947年栃木県生まれ。