冒頭は、米国焼肉レポートの結論から始めたい。その結論とは「米国人は、草履のようなステーキに愛着を覚える」ということだ。焼肉のように薄く細かく切って提供されると、ただのエスニック料理で、「ごちそう」としては物足りない。分厚い肉の塊こそがダイナミックで、世界最強の国・米国にふさわしい国民食なのだ。この感覚を経営に取り入れていると日本人1人当たりの4倍の牛肉を食べる米国人には受けが良くなる。ステーキをこよなく愛する米国で今、新たな流れが生まれている。–シンポ海外事業部

激戦区マンハッタンで予約2ヵ月待ちの韓国ステーキレストラン

2016年6月、ニューヨーク・マンハッタンの中央部にコリアン・ステーキハウス「COTE」が開業した。韓国式ステーキって何だ? しかし、意味不明な店名でも予約は2ヵ月先まで埋まっている。外食は、人気がすべて。お客さまに支持されれば勝者だ。

店舗の看板はないが常に満席。店内のにぎわいが、歩道から見える。このにぎわいの「温もり」こそがレストラン最強の看板だ

経営者のサイモン・キム氏は30代前半。高校生の時に韓国から米国に留学。大学卒業後、外食ビジネスの基本を学ぶため、ラスベガスで働いた。ニューヨーカーのハートをつかんだステーキレストランは、サイモン社長の8年間の夢だった。

なぜ、グルメなニューヨーカーのハートをつかめたのか? サイモン氏は、米国人の胃袋の本音を理解していたからだ。エスニックとか、ヘルシーとか言っても、米国人の潜在的外食需要は国民食のステーキにある。だが、同時に、そのステーキが、飽きられていることも見落としていなかった。食べ方を変えて、ステーキ本来のおいしさが提供できれば、お客さまから支持されることを分かっていたのだ。

ステーキ一直線のサイモン氏の考えが明確に表現されたホームページ

米国、日本、韓国のいいとこ取り

「COTE」の事業コンセプトは、「熟成肉で牛肉をアップグレードする」「焼き方は日本式」の2点。つまり、無煙グリルで、目の前で焼くという日本式焼肉スタイルだ。サイドメニューは、ステーキと相性の良い韓国料理を採用した。米国、日本、韓国のいいとこ取りなのである。

米国牛を熟成すると、軟らかくなって、香ばしくなる。従来式ステーキとの差が、はっきり楽しめる。しかも、目の前で焼く日本式だから、温かくて軟らかい牛肉が、自分のペースで食べられる。従来式ステーキは、調理する側にとっては簡単で好都合だが、食べる側からすると、冷めると硬くなってしまう。そして、食べる量も調整できないという問題があった。

米国でも最大級規模の熟成冷蔵庫を完備

「COTE」では、ステーキに塩をまぶして焼くことが基本で、焼肉タレはお好みで使う。ステーキの基本は外さず、同時に焼肉も楽しめるのだ。これがニューヨーカーのハートをつかんだ「COTE流肉料理」の楽しみ方なのである。

もう一つニューヨーカーのハートを逃さない秘策がある。それはワインだ。「COTE」のワインリストは充実している。肉料理とワインのマリアージュは、日本でも普及しているが、永年ワインを愛してきた米国人は、ワインの微妙な違い、食事との相性、ワイナリーや年代などで弾む会話もディナーの楽しみでもある。

COTE専属の女性ワインソムリエのビクトリア・ジェームズさんは、牛肉本来のおいしさを提供できる日本式の調理方法を歓迎している。屋外BBQがステーキには最高の調理方法なのだが、日本式はそれを見事に室内で再現し、ワインを楽しむ空間も創造した。ビクトリアさんは、よりいっそうステーキを引き立てるワインをお客さまにお薦めするため日々、努力されている。

サイモン社長の原体験は

人気が落ちていた国民食のステーキを、おいしく食べさせることで、人気回復に成功した「COTE」には、ミシュランの星獲得の期待が高い。それもサイモン社長は、別のレストランで昨年、ミシュラン一つ星を獲得しているからだ。

サイモン社長の父親は、韓国で不動産業を営んでいる。グルメだった父は、幼い頃からサイモン社長を一流ホテルのレストランに連れていった。寡黙な父が、高級レストランで食事する時だけは、親子の会話が成立した。レストランオーナーの道を進むことになったサイモン社長の原体験である。

8年かけて集めた3人の仲間。左からシェフのデービッド・シム氏(35歳)、マネージャーのウェスリー・ソン氏(28歳)、サイモン・キム社長、運営責任者のトム・ブラウン氏(44歳)

そんな父と家族を、開店2ヵ月後に招待した。人種のるつぼ・ニューヨークで満席の盛況ぶりに、「お前を、誇りに思うよ」の別れ際の一言は、今まで褒められたことのない頑固な父親からだった。

ステーキをもっとおいしく一人でも多くの米国人に食べてほしいと願うサイモン社長は、さらなる飛躍を考えている。行く手には、計り知れない巨大な牛肉市場が広がっているからだ。

アメリカの牛肉消費量は日本の10倍

少々乱暴な言い方だが、米国は国土全体が、巨大な牧場なのである。飛行機から見下ろすと、大きな円形が、どこでも、果てしなくみえる。それは、牧草を育てており、直径数十メートルもの円形は、水をまくスプリンクラーが回転するためにできている。広大な土地は、その大半が牛の飼料となる牧草の栽培に使われているのだ。

そうしないと、日本人1人当たりの4倍(日本人1人当たり牛肉消費量約9.6kg:米国人1人当たり約37.9kg)、国の消費量で10倍(日本122万6000t:米国1107万6000t、資料は2014年米国農務省資料より)も食べる牛肉が提供しきれない。牛肉は、米国の国土全体を使って育て上げた食材なのだ。

日本人には高級食材の牛肉だが、米国人は第二のDNAといってもおかしくないほど、体に染み込んだ日常食材である。米国人にとって、ステーキは「食のふるさと」であり、米国外食市場を考えるとき、この点をしっかり理解しておかなければならない。

◇外食レストラン新聞の2018年1月1日号の記事を転載しました。