アメリカでいま一番売れているサプリメントはなんとビタミンDなのです。ドラッグストアの棚にはビタミンDのサプリメントが高額なものから安価なものまで数多く並ベられ、その数に圧倒されます。日本ではまだまだビタミンDに関しては一般の方々にあまり知られていませんが、アメリカではビタミンDに関する研究がかなり進んでいます。

ビタミンDのサプリメントを30年愛用

では、ビタミンDが足りなくなるとどうなるのか? 実は、体のあらゆる細胞にはビタミンDが必要で、体にいかに大切であるかがわかってきました。ビタミンD不足によるうつ病も深刻な問題になってきています。これらはすでに諸外国ではかなりよく知られているようです。

2016年9月からは、日本でもようやく病院でビタミンDを測定できるようになりました。先日、米国産婦人科医会元理事長であられたロシャン先生にニューヨークでお目にかかりました。翌日、先生のご自宅にお邪魔したときに、テーブルの上にビタミンDのサプリメントが置いてありました。

ロシャン先生愛用のビタミンD

先生に「ビタミンDのサプリメントをお飲みになっているのですか?」と伺いましたら、先生は「30年前から服用しています」とのことでびっくりいたしました。先生は、スイスにあるLa Praineという会社で毎年健康診断を受け、ちょうど30年前にこのクリニックでビタミンD不足と言われて以来、ビタミンDの錠剤を飲み続けているそうです。

La Praineという会社はもともとスイスでクリニックを中心に健康診断の結果をふまえて、その人に足りない、また、その人に必要なサプリメントを作ってくれる会社だそうです。日本では高級化粧品の会社として、デパートなどでも見かけるようになりました。

アメリカの病院でも血中ビタミンDのレベルを測る検査はされてきたようですが、だいぶ前ですと、医学界では栄養学の視点で深く検討されることはあまりなかったようです。ただこの20年間は、アメリカの医学界は栄養学の大切さを強く認識するようになったようです。

ロシャン先生は、1989年にはニューヨーク大学のマスターコースで研究をされていたそうですが、ちょうどこのころにこの大学では少しずつボディファンクション、栄養学の話が始まりだしたとおっしゃっていました。

ロシャン先生のご自宅で、先生と娘の暁子と

きくらげの商品化へ猛勉強

25年も前にさかのぼりますが、ある商社の社長さんから、きくらげの販売を強化したいのできくらげを使った料理のパンフレットを作りたいという申し入れがありました。

その仕事を受けることになり、撮影の当日、社長さん自ら乾燥きくらげを枕くらいの大きさの袋に入れて持ってきたのです。撮影前にたくさんのボウルを用意し、ボウルに水を入れてそこに乾燥きくらげを入れました。撮影の準備が整い、ふとボウルを見ると、きくらげが水分を吸ってかなり大きくなり、なんとボウルからはみ出していたのです。

これを見て、一瞬、ボウルが胃に見えました。きくらげをお腹の中で膨らませることで、ダイエットにいいのでは? と思いついたのです。撮影を無事に終えてからはきくらげの膨張効果が頭から離れず、その商品化に向けて進み出すことになりました。

きくらげのことをいろいろと調べてみるものの、当時はあまり文献もなく、また、当時の科学技術庁の食品成分表では、きくらげに含まれる有効成分はほとんどがゼロとなっていました。そこで当時、東北大学の学長であられた西澤潤一先生(半導体の世界的な権威としても有名)を訪ね、農学部の教授でキノコの研究をしている人がいないかどうか伺いました。西澤先生は、すぐにその場でキノコの権威である山内先生をご紹介くださいました。

山内先生は、きくらげについても多くの研究をされており、その成分には大いに着目していらっしゃいました。先生はきくらげについての学術論文をたくさんコピーし、あとでゆっくり読んでみなさいとおっしゃいました。自宅でみんなが寝静まった後に、文献すべてにゆっくりと目を通しました。もう目からうろこ状態です。

先生のお蔭できくらげの持つ成分、薬効などのすごさが改めてわかりました。そしてその時に、きくらげにはビタミンDが豊富に含まれており、その含有量はなんと食品中第1位だったのです。さらに食物繊維は食品中で第2位。そのほか、鉄分、カルシウムなども豊富であることもわかりましたので、健康食品として利用できるものとすることにいたしました。

きくらげエッセンスとして発売

健康食品など手掛けたこともありませんでしたので、出来上がるまでの過程は想像を絶するほど大変なものでした。さらには、国内・海外の特許出願です。やるべきことが次々と山のように出てまいりましたが、西澤先生をはじめ、東北大農学部の山内先生、ビタミンDの権威・岡田先生、糖尿病協会理事長の後藤由夫先生、栄養学の大家・木村修一先生などのそうそうたる皆様から大変なご協力を賜りました。

そして誕生したのがきくらげの健康食品でした。この当時、パンフレット、パッケージ、ロゴマーク、アイデアを考えてくださいましたのが、当時の集英社編集長の須能氏だったのです。今も使っております私のロゴマーク(“MC”マーク)は、当時から「これから日本はますますブランド化の時代を迎える」とおっしゃっていた同氏のご発案でした。

このように多くの方々に恵まれて開発したきくらげの健康食品は、きくらげエッセンスとして売り出されました。また絶好のタイミングでおとずれた偶然でしたが、その販売前には科学技術庁の食品成分表が改訂になり、当初ゼロであったはずのビタミンD含有量がなんと100g中24000IUと大幅な改訂になったのです。

当時はまだきくらげの成分、そしてその有効性については理解が十分とはいえず、そのビタミンD含有量についても、医学界は大きな関心を示しておりませんでした。それでも、こうしてきくらげは商品化され、後には爽快ドラッグ、NTTまでもがその販売に加わってくださることになりました。

あえて国産きくらげにこだわり

その後、もうおよそ9年前のことですが、このきくらげの健康食品は一時販売を止めることにいたしました。

それまで使っておりましたのは中国産のきくらげだったのですが、いろいろな問題が当時指摘されてきたこともあり、中国産の食材は控えるのがよいのではないかという私の判断があったためです。それからは、国産のきくらげを待ち続ける日々が続きました。

ところが、その後あることがきっかけで、農水省の担当部署の方が、国産のきくらげを手配してくださる方々を紹介してくださったのです。国産のきくらげは、その値段が中国産の何十倍もしたのですが、それからはあえて国産にこだわりながら、新たなきくらげ健康食品の商品作りに取り組み始めております。

25年たったいま、やっときくらげのもつ天然のビタミンDも世界に認められるようになりました。これからは、天然であるからこそ、そして国産だからこそ、自信をもって世界に広げられるチャンスがあるものと考えております。