ジュッと甘辛い汁がにじむお揚げはそのおいしさの割に、主役級の扱いで使っているのは、そば、うどんぐらいだろう。このお揚げに着目し、お重のメイン具材に採用しているのが奈良の「㐂つね(きつね)」だ。同店の「㐂つね(きつね)すき焼き重」は、お揚げ丸ごと一枚を大胆にのせたことで、すき焼き重の見栄え、食べ応え、おいしさを3倍増させている。

「㐂つね(きつね)」は、従来のすき焼きを超える新しい食べ方を提案しているすき焼き専門店だ。すき焼きを王道の食べ方で味わったのち、オリジナルの七味を振って二度楽しみ、さらには大根おろしと卵黄で三度楽しむという3段階の食べ方をすすめている。

この提案も斬新だが、「㐂つね(きつね)すき焼き重」がまた秀逸だ。三角形のお揚げを甘辛く煮含め、すき焼き重の上に丸ごとバーン。存在感を主張するお揚げ×すき焼き×ちらし寿司という異色の組み合わせで、これまでにない新しい味わいを完成させている。

すき焼き肉は約80g分量でお揚げの下にもぎっしり。シャキシャキ食感のレンコン、甘辛い椎茸、甘酸っぱいガリ入りのさっぱりとした酢飯が、すき焼き肉とお揚げの甘辛さを絶妙に引き立てる

同店は東京・代々木上原の一つ星レストラン「sio」の鳥羽周作氏がオーナーシェフを務めており、鳥羽氏は以前からちらし寿司とすき焼きをコラボした商品開発を手掛けてきた。「㐂つね(きつね)すき焼き重」は、「㐂つね(きつね)」創業時に当時の料理長が考案した一品だが、当初は甘辛く煮たお揚げを刻み、ちらし寿司に混ぜ込んでいた。

油揚げの三角形の形状も同メニューの魅力を格上げ。カツオ、昆布のだしで甘辛く調味し、「汁だくになり過ぎないようにのせています」(白木料理長)

同店の現料理長、白木聡氏によると、「その試作を見た鳥羽オーナーが、『インパクトに欠けるね』と言って油揚げをそのまま使うアイデアを思いついたそうです」。仕入れを決めていたのがちょっと珍しい三角形の油揚げだったこともあり、「『これはマウント富士だよ。面白い』と、見た目の魅力も決め手になった、と聞いています」(白木料理長)という。

ウニすき焼き重 5500円(税込み)。サラダ、味噌汁、香の物、アイス付き。「すき焼き×ウニ」の組み合わせも斬新。「卵黄と同系統のおいしさで、ウニはすき焼きに大変合うんですよ」と白木料理長。ウニ好きには抜群に人気があり、遠方から食べに来る人も多いという。

鳥羽オーナーの読み通り、インパクトあるその見た目から、SNSで写真を見て食べに来るお客も多いようだ。お揚げを主菜にご飯を食べる、と聞くと一風変わった提案にも感じるが、「いなり寿司と同じですよ」と言う白木料理長の言葉に納得。

また、白飯ではなく、下にレンコンと椎茸、ガリを混ぜた酢飯を敷き詰めている点もポイントが高い。すき焼き肉とお揚げの甘辛い味を、ガリ入りの酢飯がさっぱりと引き立ててくれ、味わいの完成度が高い。お揚げは堂々たる主役を張れる食材。そんな実力を再認識させてくれる、名メニューといえるだろう。

店内の雰囲気

●店舗情報
「㐂つね(きつね)」
所在地=奈良県奈良市元林院町22/開業=2021年4月/席数=26席/営業時間=11時~15時、17時~21時。不定休/平均客単価=昼3000円、夜7000円/1日平均集客数=平日50~60人

◇外食レストラン新聞の2023年1月2日号の記事を転載しました。