有名シェフは大勢いても、出身地を世界にアピールするためにここまで真剣に取り組んでいるシェフを他には知りません。アル・ケッチァーノの奥田政行シェフは、料理という“必殺技”で出身地・鶴岡市を「食の都」として世界的に有名にしました。今回、味の素食の文化センターと人間文化研究機構共催のシンポジウム「地域と都市が創る新しい食文化」での講演内容を、読者のみなさんにおすそ分け。元気が出ること間違いなしです。

安全な野菜を追求していくと…

僕が修行を終えて山形県の鶴岡に帰ったのが25歳の時。鶴岡の駅前で「20年後までにこの町を食べ物で元気な町にするぞ」と誓いました。12月1日のことです。父の店は僕が21歳の時に倒産してしまったので、地元の2つのレストランで料理長をして信用をつけ、その後、手持ち金150万円でアル・ケッチァーノを友人とオープンしました。

アル・ケッチァーノ

自分の知恵で地域を元気にしようと思っていたので、地元の食材について勉強しました。すると、安全な野菜を追求していくと、江戸時代からつくられている昔の野菜だと分かりました。それを大学の先生と一緒に捜していったら50種類も出てきて、いまでは庄内は在来作物の聖地になっています。

それらの野菜は、どの国の料理事典にも載っていないので、自分で研究するしかなかったわけです。この地方にしかない野菜で、自分で考えた料理。そうすると、自然と世界にひとつしかない料理をつくるシェフがいると言われるようになって、全国から人が来てくれるようになったんです。たなボタ的ですが。

野菜は種類が多すぎて、全部を勉強するのは一生かけても無理だと分かりました。ただ、野菜が育つためには、水、土、風、太陽が必要だということは分かった。それなら自分は、大地と人、人と人を結びつけるために生まれてきたんだと。それが宿命だと思い込むと、料理も自然に変わっていきました。

白魚とキャビアの冷たいカッペリーニ

「食の都庄内」親善大使任命の日に実家に自動車税滞納通知が

さらに、地元の歴史や地理を学び、「食の都 庄内」という文を寄稿しました。学生時代は国語で30点しかとったことがなかったのですが、魂が変わったら文章も書けるようになったんですね。

「食の都」実現のために動いている時に山形県で無登録農薬問題が起きてしまい、山形県の野菜が全く売れなくなってしまいました。それなら山形を食で立て直そうと、当時33歳だったのですが、提案書を行政に持って行きました。「君は偉い」とほめられて、「食の都庄内」親善大使をやらせていただくことに。

ところが、実家に帰ったら父と兄には、同じ長の名前で「自動車税滞納」の知らせがたまっているのを見て、天国と地獄の両方を1日で体験しました(笑)。

ミラノ博覧会では鶴岡市のだだちゃ豆を世界にアピール。なんとそこで来場者4034人を記録し、それまでの日本館最高来場者数になりました。

メディアからの取材も増えてくると、これまでは取材に応じようとしなかった生産者の方々が、テレビでものすごくしゃべれるようになりました。世界で認められたという体験が自信につながったんですね。おかげで後継者も増えました。

豊かになるために必要なことは、必要とされる人間になることだと思います。そのためには自分にしかない必殺技を持つこと。僕の場合は組み合わせの料理です。鶴岡駅前で「食の町」を誓った日からちょうど20年後の12月1日、鶴岡市がユネスコの食文化創造都市に認定されました。最初のきっかけは料理です。

岡の台ごぼうと牛タンの煮込み

“万能選手”の海老芋がお気に入り

冬の野菜といえば根菜。最近は海老芋が好きですね。里芋より繊維質が多いし、油で揚げても、煮ても焼いても、蒸してもいい。

朝は上を見るフルーツ、昼は(正面を向いて)葉物、夜は(下を向いて)根菜と言うのですが、根菜は体を温めてくれるので、夕方から夜に食べると体が温まり、よく眠れるようになります。

根菜類を上手に調理するポイントは、70℃で50分以上加熱すること。石焼き芋がおいしいのは、石の中で芋が70℃をずーっとキープするからなんです。でんぷんが糖に変わっておいしくなります。

家庭では、根菜をひと口大に切って、米と一緒に炊飯器で炊いて、そのまま1時間以上保温。海老芋でもぎんなんでもかぼちゃでも、粘りが出て甘くなる。それをつまようじで一つずつさして食べるのがうまいんだよね。余ったら、ごはんと一緒につぶすと野菜餅に。これがまたうまい。

東北は寒いから、冬になるとこもる時間が自然ととれます。僕が行政に持ち込んだ提案書も、家に引きこもって書きためていたものです。童話作家も寒い国の人が多い。アンデルセンも宮沢賢治も、こもって根菜を食べていたはず。

冬は根菜を食べて、日本のことを考えましょう。そこに必殺技が加われば、次のジャンヌ・ダルクはあなたですよ!

●プロフィール
おくだ・まさゆき 山形県鶴岡市生まれ。2000年、鶴岡市にアル・ケッチァーノを開業。地元食材を使うことで、世界にひとつしかない料理をつくるシェフとして注目される。2004年「食の都庄内」親善大使に。2014年には鶴岡市のユネスコ創造都市ネットワーク食文化部門での認定に貢献。著書『食べもの時鑑』は2017年「グルマン世界料理本大賞2017/CULINARY HERITAGE部門」グランプリを受賞。昨年は「平成30年地産地消等優良活動表彰」食品産業部門 農林水産省食料産業局長賞受賞。全国から引っ張りだこの人気シェフ。

「アル・ケッチァーノ」
山形県鶴岡市下山添一里塚83
JR羽越本線鶴岡駅 車15分
TEL 0235-78-7230
定休日:月曜日

◇百菜元気新聞の2019年2月1日号の記事を転載しました。