TPPでも議論を巻き起こしたが、日本農業を取り巻く環境が激変している。日本の農業ほど、全産業中、生産性の低い業界はないといわれてきた。加えて、小規模・零細。戦後の農地解放が第一次激変期だとすれば、現在は第二の変革期に等しい変化の渦中にある。
そんな中で注目されているのが、「農業の6次産業化」の推進。そして、その進展から誕生した「農家レストラン」は、6次産業化のシンボルといえる存在である。(フードビジネス・カウンセラー 高桑隆)

農産物直売所が全国に1万6000カ所も出現

「6次産業化」とは、90年代半ばに東京大学名誉教授の今村奈良臣氏が提唱した新しい農業経営の姿である。農業・魚業などの1次産業側が、ただ農産物や魚類を市場に出荷するのではなく、ジャムやドレッシング、干物や缶詰・瓶詰などに加工(=2次産業)して付加価値を付け、ネットやカタログなどの通販で、独自に販売(=3次産業)することを6次産業化と呼んでいる。

つまり、1次×2次×3次=6次産業化というわけだ。もちろん、零細で収益性の低い農家収入を、他産業並みにアップさせるのが目的で始まったことである。

この6次産業化の最初の動きは、「農産物直売所」の大繁盛だ。95年5月、筆者は群馬県赤城村農産物直売所を取材した。場所は、関越自動車道の赤城インターチェンジから、草で10分くらいの不便な山中。

この直売所は、土日営業で、30坪、年間3億円も売り上げていた。現在では、この程度売る農産物直売所は普通になっているが、当時としては日本有数の直売所ではなかったかと思う。最初、この情報を得た時に、“嘘だろう…?”と思った。

たかが、農家の人々が思い付きで始めた野菜売場ゆえ、目立つ看板もなく、エアコンの効いた快適な売場もない。こんな山中の素朴な農産物直売所が、ちょっとしたスーパーの青果売場の6~7倍も野菜を売っているというのだ。

信じられなかった…。あれから20年余、現在わが国の農産物直売所は、全国に1万6000カ所も出現。車で少し走ると、繁盛している農産物直売所に行き当たる。

栃木県佐野市郊外に立地する、道の駅「どまんなかたぬま」に併設されている、農産物直売所「朝採り館」

地方限定食品の方が大ウケする時代へ

全国各地の農産物直売所は、繁盛している所が多い。その背景には、顧客の「既存の食品に対する不信感」も存在する。わが国の食料自給率は低く、輸入食品が多いが、その品質に問題があるものも少なくない。

そうした食品を食べ続ければどうなるのか…。消費者のうっすらとした不安は解決されない。それゆえ顧客は、作り手の顔が見え、新鮮で安全・安心な国内産食品を求めて、遠くの「農産物直売所」にまで買い物に行くのである。

こうして6次産業化は、「農産物直売所」から始まった。この農産物直売所は、出荷者の大半が農家である。農家の嫁さんや娘さん、女性グループが、自家製のパンや惣菜、漬物やコンニャク、ジャムの瓶詰なども販売台に置くようになった。原始的な2次産業化の始まりである。

それに輪をかけるように、TVなどマスコミで、地方発の珍しいグルメ食品の紹介が盛んになった。ここ数年、TV番組「秘密のケンミンSHOW」などの影響で、ナショナルブランド品より、地方限定食品の方が大ウケする時代へと大変化している。

四国の馬路村ではユズの加工公社をつくり、そこで専門的な加工食品作りに熱心に取り組み、大きな成果を得た。

この動きはすでに、全国へと広がっている。過疎化し、限界集落を抱える地方行政にとってもこのチャンスを見逃す手はないと、東京、大阪といった大都会に「ふるさと館」を開設し、そこに6次産業化で作られたさまざまな食品を並べ、地元の産業振興、雇用増大へとビジネスの輪を大きく花開かせている。

日経新聞土曜特版(13年6月)の“農家レストランランキング”で3位に輝いた福島県会津若松市郊外門田の古民家レストラン「独鈷」。自家で栽培した「自然薯(天然のとろろ芋)」をテーマにした農家レストラン。開業から4年を迎えて累計来店客数が1万人を突破し、人気に拍車がかかっている。

加工と販売、観光振興を実現する「農家レストラン」

筆者は、「農家レストラン」の指導で6次産業化と関わっている。05年頃、各地方の小規模飲食店の経営指導を続ける中で、商工会連合会から「農家レストランの開業指導をお願いできないか?」と打診された。

農家レストランのノウハウを習得するため、まだ珍しかった各地の農家レストランを視察し、話を聞いて回った。当時は、“自然食バイキング”が大流行。今は、もっと個性的な農家レストランが多数出現し、6次産業化の一翼を担っている。

農家レストラン研修会などで、筆者が強調しているのは、“規格外、廃棄農産物を上手に活用せよ!”である。取材してみると分かるが、農業は他産業に比べてロス(廃棄)が多い。特に物流の視点から組み立てられたシステムが、自然の農産物に「規格(形、大きさ、傷、重さ、熟成度)」を持ち込み、規格外品は選果センターではねられ出荷拒否にあう。

そして廃棄され…無駄になる。“規格”は、近代物流には必要でも、生産した農産物の30%も廃棄する現在の選果システムなど、害悪以外の何物でもない。農家収入の低さは、こうした“廃棄”にも大いに関係がある。見た目の品質を過剰に気にする、消費者の購買慣習にも問題がある。

真っすぐに育つキュウリなど、自然界には、めったに存在しないが、スーパーには曲がったキュウリなどは売っていない。われわれ部外者から見ても、現在の農業には無駄(廃棄ロス)が多い。これを何とか生き返らせることが、これからの農業ビジネスにとって非常に重要な課題であると思う。

“廃棄”を考える時、農家レストランには、加工、調理という技術があることに気が付く。形の不揃いな農産物でも、おいしい料理に変身させることができるのだ。その意味でも、農家レストランこそ、まさに6次産業化のシンボルともいうべき存在である。

農業ビジネスへの参入が新時代を切り開く!

時代の流れは速く、遅れていた農業ビジネスの分野にも大きな変化が起こっている。農協改革やTPP問題をきっかけに、混乱を呈しているようにも見えたが、それは産みの苦しみに過ぎない。

6次産業化も新段階に入った。農産物直売所も、全国に約1万6000ヵ所、農家レストランは約6000店。地元の農産物や、6次産業化によって生み出された加工食品を売る、都会の「ふるさと館」も珍しくなくなった。

一方、生産現場では、異業種からの農業参入が盛んになっている。異業種の代表格が、スーパー業界だ。イオン、セブン&アイなどが、農業法人を設立して参入している。また、最近多いのが外食チェーン店の農業参入。代表的な例では、ワタミなどの居酒屋業界、サイゼリアなどの西洋料理、その他さまざまな企業が、農業にビジネスチャンスを見いだしている。
だが現実は厳しく、参入したはよいが収支トントンの所が多い。だが、この“農業新時代への大きなうねり”を止めてはならない。

6次産業化は、言うならば“日本農業をビジネス化しよう!”という動きだ。6次産業化は、農業ベンチャーの萌芽(ほうが)である。戦後70年、改革が遅れた農業分野に、やっと出た萌芽に違いない。

この芽を摘んではならない。もっともっと大きく育てることが、これからの日本農業の未来を築くことになるのである。

農家レストランとは?

農家自ら、または農家と密接な連携の下で、農家が生産した食材、または地域の食材を使って調理・提供をしている、当該地域に立地するレストランや食堂、Cafeなどをいう。
出典:「農家レストランの繁盛指南」(高桑隆著/創森社)

<フードビジネス・カウンセラー 高桑隆>
ファミレス店長を経て大手コンサル会社経営企画、99年に独立。主に飲食店の開業、店舗診断、経営指導を得意とし、農家レストランの指導でも活躍。服部栄養専学校講師、桜美林大学フードビジネス産業論講師。著書「農家レストランの繁盛指南」「飲食店経営の数字がわかるマネジメント」他多数。近著:「農家レストランの繁盛指南」(高桑隆著/創森社)

◇外食レストラン新聞の2017年5月1日号の記事を転載しました。