椎名誠さんに憧れ、「私も探検隊に入りたい!」と思ったことがある人は多いのでは? 痛快という言葉がぴったりのエッセイにはグイグイひき込まれます。特に食べ物に対しては率直で話題が尽きません。このほど、椎名さんの知識の源を垣間見られる本『本の夢 本のちから』が発行されました。著書の話を伺うつもりが、いつの間にか椎名ワールドに引き込まれ、笑いっぱなしのインタビューになりました。

野菜には、いい人と悪い人がいる…椎名流エッセイ執筆の極意

エッセイを書くときに、ネタがないと思ったら、いま一番自分が食べたいものを思い浮かべるようにしています。夜中の2時頃に突然、「ところてん!」とか。そうすると、ところてんは日本料理なのだろうか、国際食なのだろうかと、いろいろ疑問がわいてくる。かんてんとの違いは?とかね。

調べると、昔は箸1本で食べるとされていたらしい。それがところてんのアイデンティティだったのだろう。でも、どう考えても2本の方が食べやすいよな…と、すぐに原稿が書けちゃうんだよね。

いろいろなものを擬人化することもよくやる方法かな。いい人と悪い人のグループに分けてみるとか。たまねぎはいい人だよね。じゃあ白菜は?悪いイメージはないよね。でも僕にとって、ごぼうは悪い人なんだ。れんこんも意味の分からない穴がいっぱいあって、いい人とは言えない。

にんじんは、昔悪い人だったんだけど、最近妻に「あなた、変わったわね。にんじんを先に食べるようになって」と言われる。にんじんは知らないうちに、いい人になっていたみたい。

じゃがいもは昔からいい人。あの人がいないと料理が体をなさないくらい。外国の野菜も増えているけれど、あれはちょっと分からないな。ブロッコリーなんか、何のために生きているかわからないし、パプリカは、「はっきりしろ。ピーマンじゃないだろお前は」って言いたくなるよね。

それに比べて、きゅうりは毅然としてとてもいい人。でも、きゅうりに似たたたずまいのズッキーニには、「もう少し考え直して出てこい!」ってね。

海外の食シーンではイライラしたり、涙したり

海外にはこれまで100ヵ国以上行っていますね。食べ物がおいしかったのは、ポルトガルと、トルコのイスタンブールかな。

とんでもない日本料理に会うこともしばしば。アルゼンチンのスパゲッティは、そのまんまさぬきうどん。小麦粉を練ってつくってあるし。高松の人が行って教えたんじゃないかな。

いま、ニューヨークはラーメンブームで行列ができているというけれど、これはちょっと違う。彼らはラーメンがファストフードだという意識がない。テーブルで男女が愛を語ったりして回転が悪いから行列ができるパターン。メニューも、日本人の目が入っていないから縦書きで「ラ一メン」とか「カレ一ライス」ってなってる。「もっとちゃんとしろ」ってお店に注意してきたけど。ラーメン自体は、とんこつとしょうゆが人気で、だしもちゃんと取ってあるからおいしい。ただ、値段は30ドルから40ドルもする。1cmくらいの厚さのチャーシューがどーんとのっかっているから、それを考えるとそう高くもないか……。

昔、30人くらいの本格的な探検隊で中国の砂漠に1ヵ月くらい行った時のこと。食べ物が何もないから、米をおかゆ状にして、缶詰のザーサイを入れて、スコップでかき混ぜるだけしかできなかったんだけど、このスコップが、車が動かなくなった時に砂を掘るヤツでね。あれはまずかったなあ。

南米を旅していた時は、食事にも景色にも飽きて、単調な毎日に辟易としていた。そうしたら、バイクで旅をしている日系人に出会い、しょうゆをもらったことがあってね。我々はすぐにお湯を沸かしてしょうゆをたらして「しょうゆお湯」をつくったんだ。涙が出るほどうまかったね。これまでの人生で一番うまかったものをあげろと言われたら、僕は躊躇なく、その時の一杯の「しょうゆお湯」をあげる。

日本のやっつけ料理は「のせる」 世界を旅して知ったこと

いろいろ旅していると、それぞれの国のファストフード、いわゆる「簡単にやっつける」料理法が見えてきます。もちろん僕の勝手な類推だけれど。

欧米=挟む、中国=炒める、韓国=まぜる、東アジア=蒸す、南米=焼く、日本=のせる。

日本の「のせる」は、牛丼などの丼物から来ているけど、『江戸のファーストフード』(大久保洋子著、講談社)などを読むと、寿司の方が歴史があることが分かる。でも、寿司も同じ「のせる」なんだよね。

昔、探検隊に妙に料理に凝る隊員がいて、のっぺい汁を2時間もかけてつくっていた。待っている10人くらいの男たちはイライラしっぱなしで。あれはダメだね。5分でできる料理じゃなきゃ。「簡単、早く、大量に!」が探検隊の基本。家でもそうでしょう? お腹すかしている子どもにはとにかく、簡単、早く、大量に!

最近は探検隊にプロの料理人がいるので、釣りの旅に出ると、寿司をつくってくれたりする。まさしくファストフード。僕は隊長だから、一番に食べる権利があって。次は副隊長。こういう時、お腹をすかして後ろに並んでいる隊員たちの目は怖いよ。だから、ひとつ食べたらすぐ後ろに回らなきゃいけない。副隊長も同じ。回転寿司の機械がないから、自分たちが順番に回転してるってわけ。腹をすかしている時は、簡単、早く、大量に!そして隊長も公平さに気を配ると、村(隊)が平和に長続きするんだよね。

<プロフィール>
しいな・まこと 作家、エッセイスト、写真家、映画監督、翻訳家、旅行家。ラジオやテレビの番組も持つなど、一つの枠にとらわれずに活躍する。エッセイストとしては、1979年『さらば国分寺書店のオババ』でデビュー。1989年『犬の系譜』で第10回吉川英治文学新人賞受賞。1990年、『アド・バード』で第11回日本SF大賞受賞。以後、多数の作品を発表、受賞歴も多数。

『本の夢 本のちから』椎名誠著
本から湧き出す夢とちから! 魅惑の椎名ワールドを楽しもう。
発行:新日本出版社
発売日:2018年9月26日
価格:1,800円(税別)

『おなかがすいたハラペコだ。(2) おかわりもういっぱい』椎名誠著
人生のうまみがぎゅっと詰まった、好評の第2弾。
発行:新日本出版社
発売日:2018年5月31日
価格:1,200円(税別)

◇百菜元気新聞の2019年1月1日号の記事を転載しました。