おいしく楽しく食べて糖質制限は緩やかに…糖尿病医師が提唱
緩やかな糖質制限(ロカボ)を提唱し、おいしく楽しく食事を摂りながら健康を目指す活動に取り組んでいるのが、一般社団法人「食・楽・健康協会」だ。同協会の代表理事を務める山田悟氏は、北里大学北里研究所病院の糖尿病医師。2013年の協会設立以降、食品流通やメーカー含む多様な業種の企業と連携し、医学的根拠に基づくロカボ食の普及に努めてきた。現在、協会の会員企業は約60社まで広がり、協会プロジェクトはロカボを軸にした健康的な街作り支援にまで発展している。山田代表理事に設立の経緯やこれまでの成果、今後の展望などを聞いた。
食・楽・健康協会の山田悟代表理事に聞く
–最初に「食・楽・健康協会」の設立の経緯と目的をお聞かせください。
山田 とかく昔の栄養学ではおいしいものを食べたら不健康になるとか、健康になりたければ粗食で我慢するのが当然と考えられていたわけです。しかし、おいしさや満腹感のない食生活というのは、到底続けられるものではありません。私自身一人の医者として、おいしく楽しく食べながら、健康になれる世界観をどうにかして作り上げられないものか考え続けていました。
08年、「ニューイングランド・ジャーナル」という世界の臨床医学系の中で最も権威ある雑誌に、イスラエルで行われた「DIRECT試験」の論文が掲載されました。要旨を簡単に述べますと、同じ期間にカロリー制限や脂質制限をした人たちに比べ、緩やかな糖質制限食を続けたグループが最も体重減少を示し、糖尿病に密接な関係があるHbA1cという指標や中性脂肪などの改善効果が大きく表れたというもの。
この試験結果から、緩やかな糖質制限を心掛けることによって他の嗜好(しこう)品や肉や魚、お酒も十分に摂ることができ、食事をおいしく楽しみながら健康も維持できる。そういう世界が出来上がることを確信したわけです。
当初、この世界観を広げようとした時に協力をお願いしたのはミシュラン掲載店舗の料理人の方たちでしたが、やはり日常的にいろんなシチュエーションで糖質制限食を楽しんでいただくには、企業の力が非常に重要だと感じまして、一番最初にお声がけしたのがコンビニ大手のローソンさんでした。
ちょうどローソンさんが「マチのホットステーション」から「マチの健康ステーション」へ大きく基軸を変えようとしているタイミングもあってご賛同いただき、非常に力を注いでくださるようになりました。しかし、流通業の方たちがどんなに糖質制限食を広げようとしても、メーカーさんが商品を作ってくれなければ不可能です。いろんな方たちと同時進行で普及へ取り組むには、やはり社団法人が必要ということで、業種を越えてこの世界観を作り上げる組織として「食・楽・健康協会」を立ち上げることになりました。
そして13年の11月14日、世界糖尿病デーに法務局に届けを出したのが設立の経緯です。目的としては「おいしく、楽しく食べて健康に」という世界観を、科学的根拠を持って正しく世に広めていく。それが当協会の名称にもそのまま生かされています。
間食も嗜好品もOK 1食20~40g以下定義
–協会が提唱する緩やかな糖質制限の理念や定義とは。
山田 ご飯などの主食を半分ないし3分の1に減らして、おかずで満腹感を得る。そして、お酒も嗜好品も楽しもうということです。定義は1食当たり糖質量を20g以上40g以下で3食、それとは別に間食で10gの摂取を設けました。
結果として1日70~130gの糖質摂取量になりますが、重要なのは決して1日当たりではなく、1食ごとの定義としていることです。それによって、毎食後の高血糖を起こさないことに重点を置いております。
–1食40g以下にすることで、食後の高血糖は確実に起きにくいのでしょうか。
山田 起きにくいです。この数字の出所は06年のアメリカ糖尿病学会の食事療法ガイドラインで、そこでは1日130g以下と定義付けています。しかし、私どもは毎食後の高血糖を是正しなければいけないという考えですので、この130gを3で割って1食当たり40g、切り捨てで浮いた残り10g分は間食に充て、つまり、おやつや嗜好品も楽しみましょうとしたわけです。
–計算が面倒なカロリー制限などに比べ非常に分かりやすい基準という印象です。
山田 この定義さえ守れば、フォアグラでもサーロイン牛でもイベリコ豚でも、どんなおいしい食材でも楽しんで結構です。お酒についても同様で、飲み過ぎて肝臓を傷めるとか社会のルールに反するといった問題さえ別にすれば、好きなようにたしなんでいただきたいと考えています。蒸留酒であれば糖質はありませんし、醸造酒でもワインなどはほとんど糖質がありませんので、普通に社会的な生活を営む上で必要なだけのお酒はどうぞお楽しみくださいと。
一方で、当協会では今のところ極端な糖質制限は否定しております。それが本当に健康上のリスクがあるかはまだ明らかではありません。しかし、緩やかな糖質制限食と極端な糖質制限食を比較すると、体重の減量効果=有効性には双方差がなく、極端な糖質抜きでは日々の元気がなくなってしまったとか、あるいは悪玉コレステロールといわれるLDLコレステロールの数値が高くなったという論文がアメリカでも報告されています。
つまり有効性に差がなく、安全性が確実なのであれば、緩やかな制限の方を推奨すべきという考え方です。このため当協会では極端な糖質制限を含む「ローカーボ」ではなく、緩やかな糖質制限に限定した「ロカボ」という新たな用語を作って、協会理念としても提唱しております。
会員企業増え約60社 ロカボマーク品も150超
–協会設立以降、ロカボ普及セミナーや血糖測定の体験イベントのほか、山田先生自身も会員企業への商品開発アドバイスなどを積極的に行っていますが、これまでの進捗(しんちょく)をどうご覧になっていますか。
山田 13年に9社で発足した会員企業は、10月現在で幅広い業種の56社まで広がってきました。当初、10人のキックオフミーティングで「ロカボに関わる企業の誰もがハッピーになれる取組みでありたい」と申し上げましたが、協会としても順調に成長していると思いますし、会員企業の皆さまも順調にロカボ製品やサービスの売上げを伸ばしていると考えています。
例えば、ローソンさんといえば「ブランパン」をはじめ低糖質の品揃えが充実したコンビニというイメージが定着したと思います。彼らは売上げが伸びなかった時でも消費者センターに届くお客さまの感謝の声を頼りに、販売に努力されてきました。それがリピーターの連鎖を生み、すでにコンビニ業界では本当に健康基軸の強い企業イメージを確立されたと思うのです。
同様に力を入れている紀文さんの「糖質ゼロ麺」も今は生産ラインの増設である程度は安定供給になりましたが、2年前の品薄時は患者さんが僕に怒ってくるんです。「あそこのスーパー、また売り切れてたじゃない」と(笑)。僕に言われても困ってしまいますが、ある種うれしい声でもありました。
どんなに健康な食事であっても、それがおいしさや満腹感といった幸せな食生活に直結しないものであっては継続できません。菓子パンやスイーツ、パスタやラーメンなど、幸せな食生活の礎となる食品をぜひ低糖質で楽しんでいただきたいと思います。
そういう意味では「ロカボがはやっているから手を出してみよう」ではなくて、その企業の中でロカボに取り組む意義というのが確立されていると、ビジネス的にも成果が出るのかなと思っています。
–昨年は、ロカボ商品が売場で一目で分かるよう、協会が認証する「ロカボマーク」も作成しました。
山田 現在、マーク付きのメニューや商品は150品を超えるまでに増えています。協会の糖質摂取量の定義に正しく基づいた商品であるかを確認した上で使用していただき、また商品にマークを入れる際には糖質のg数も記載するようお願いし、できるだけ消費者の方に分かりやすい表示になるように努めております。
課題は認知度アップ 健康寿命を延ばしたい
–設立から4年目を迎え、新たに見えてきた課題などはあるでしょうか。
山田 協会の活動が順調に進んでいると感じる一方、今年は5年ごとの国民健康調査で糖尿病患者の方の数が正確に出てくる年なのですが、恐らくまだ増えていると思います。やはり僕らの最終的な着地点は糖尿病の患者さんを減らす、あるいはその先の人工透析の方を減らす、要は誰もがおいしいものをしっかり食べながら健康寿命を延ばせる世界を作り上げ、国の医療費削減にも貢献したいと考えています。
そういう意味ではまだまだ世の中の多くの人にロカボ商品が届いていないと思っています。これからもっとロカボの認知度を広げていかなければと思いますし、また広がっていくだろうと期待もしています。
消費者に加え、メーカーなど企業側にもロカボをもっと知っていただくことも重要です。その場合、科学的根拠に基づく商品をいかに市場へ提供していくかが企業側の課題でしょう。そこは当協会にお問い合わせいただければ、少なくともどうやってエビデンスを一つの商品に落とし込むかのノウハウはお伝えしますし、正しい糖質制限食の普及の一助になればと思っています。
また消費者の方もロカボを認知する一方、そうはいってもカロリーを摂るのは良くないだろうから脂質制限も併用してみようとか、まだ間違った認識を持たれている方も多いようです。メディアも女性向けのダイエット特集などを組む場合、科学的根拠よりも目新しさにばかりスポットを当てた方法を取り上げる傾向が強いように感じますので、やはり正しい情報を世の中へ届けていくことが重要な課題になると考えています。
街を挙げてロカボ食 協会プロジェクト拡大
–そういった課題も踏まえ、今後の協会活動における新たな取組みは。
山田 企業や料理人の方の賛同も得て、街を挙げてロカボ食を提供する試みに力を入れていく方針です。昨年は神戸市と組んで「ロカボ神戸プロジェクト」、今年は東京で「ロカボ丸の内プロジェクト」をスタートしています。
そこを訪れるだけで、あるいは住むだけで健康になれる街作りのお手伝いということで、今後もこの2ヵ所以外にプロジェクトを拡大したいと考えています。その取組みの中では、例えば独身男性向けのロカボ朝食の開発であったり、ランチでは社食や外食店におけるロカボメニューの充実などを進め、あらゆるシチュエーションで全ての年代層や性別、職業の方々が常に選択肢としてロカボを持てるような環境作りを目指していきます。
–今後もロカボを一過性のブームなどで終わらせず、定着させるためには何が必要となるでしょうか。
山田 僕らは最初からロカボはブームではなく、文化にしようと言ってきました。実際にそれができるかは別にして、いずれは僕のような1人の医者ではなく、厚労省のOBなどの方がトップに立って国の外郭団体として協会運営するようになれば、レギュレーションも確実になるでしょうし、そうなれば良いなと思っています。
–最後に食品業界への提言を。
山田 僕は医学部を卒業してそのまま医者になりましたので、社会に出た経験がないわけですが、協会活動を通じていろいろな企業の方たちとお会いするたびに思うのは、自らのなりわいを通じて、社会に貢献したいという思いを抱いている方が本当に多いということです。
特に食品業界の方たちは、そういった思いが強いように感じます。ただ、高い志を持っていても正しい商品の開発や提供につながらなければ生かされませんので、ぜひ科学的根拠に則った商品作りで志を形にしていただきたいと思いますし、「食・楽・健康協会」はいつでもそのお役に立ちたいと思っています。
◇日本食糧新聞の2017年11月15日号の記事を転載しました。
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